2019.03.27

人見知りをやめてみた。

 こんにちは。

『34歳既婚無職で資格もないのに書道家を名乗る男』

文字だけで見たらやべぇやつでしかないダイスケです。

 

見た目もやべぇ。

絶対に嘘。信じられない。

僕が人見知りだった事を伝えると、多くの方がこのような反応をして下さいます。今の僕が人見知りに見えないという事だと思うので、この反応は素直に嬉しいです。

 

人見知りすぎてインドネシア人と間違われていた頃

 

 

・とにかく人の目を気にする。

・誰に対しても当たり障りのない敬語

・ 人の目を見れない。

・ 沈黙が怖い。

・ 嫌われるのが怖い。

・大人数なんて罰ゲーム(端っこで、出口に近い席熱望。タイミング見て外で時間潰すため)

・久しぶりに会うとか下手したら初対面より苦手。

・ 人の目線を感じると何か悪い事をしたと思っちゃう。

・ お酒の席で仲良く話したのに、翌日はもう何を話していいかわからない。挨拶すら難しい。

 

さすがにやべぇ。。。

そう、僕人見知りだったんです。誰よりも、、、とは言いませんが、わりかし強めの人見知りだったと思います。人見知りを自分で感じたのは中学か高校くらいですね。ただ、自分の人見知りが「やべぇ」と感じたのは、妻の真弓との約3年に及ぶ世界旅行の後半、僕たちが南米のペルーにいる時でした。

 

妻の真弓も人見知りはしますが、一度打ち解ければすごく仲良くなります。そんな妻から、ウユニ塩湖で「~ちゃん達と合流できるってよ~」と聞きました。~ちゃんたちというのは、オーストラリア(ワーホリ)のお肉工場で一緒に働いていた時に(妻が)仲良くしていたカップルなのですが、彼らと合流する事を聞いて喜べないどころか不安になっている自分を感じて、、、「やべぇ」って思いました。そのカップルはめちゃくちゃいいカップルで、お肉工場でもいつも僕に話しかけてくれて、僕も二人のことがすごく好きでした。ただ、僕の人見知りが過ぎて、聞かれたことに当たり障りなく答えるのが僕にとっての精一杯だったのですが。。。

 

はじめの一歩。

そう、このときですね。まさにその晩だったと思うのですが、あまりテンションの上がってない僕に妻が真剣に話をしてくれました。

 

この顔で人見知り。人見知りと顔関係ないから!!

 

こんなに色々な場所に行って、景色とか人の暖かさに感動して、自分たちのやりたいように自由に過ごしているはずなのに、、、2年も旅行してて、素敵な人にめちゃくちゃ会えてるのに、ダイスケから友達って呼べる人が数えるほどしかいないってさすがにやばくない???

 

僕も全く同じことを考えていたので、しばらく頭の中では思っていたけど、実行に移していなかった作戦をのことを口に出しました。

 

ちょっと俺変わるわ。結構無理するからびっくりすると思うけど、しばらく放っておいてくれる?

 

僕は口にすると極端に行動するタイプなので、その直後から行動しました。

作戦名は「敬語を使わずとにかく話しかける大作戦!!」

 

脇汗だらだらの日々

この日、僕たちはペルーのクスコという町にある日本人に人気の宿に泊まっていたのですが、僕は玄関近くにスタンバイし、到着する人や外から帰ってくる人、これから出かける人に、タメ口で話しかけまくりました。

 

「お疲れ~。どこから来たの~?」

「こんちは~。どっかいってたの?」

「お、どこいくの?いってらっしゃい。」

 

ほとんどの人が大分引いてましたね。少なくとも僕にはそう感じました。まぁ、そりゃそうですよね。ロン毛でヒゲの小汚ない初めましてのおっさんから馴れ馴れしく話しかけられて喜ぶ奴なんてねぇ、防犯意識が低すぎる(笑)

 

暑さなんて微塵もない中、大量の脇汗をかきながら、これが僕の人見知りをやめる第一歩でした。さすがの真弓もびっくりするというか、「恥ずかしいからやめて」的なテンションでしたが、やると言ったら頑固な僕は翌日も、そのまた翌日も続けました。

 

人は慣れる。だって人だもの。

そしたらですね、、、無理してるんですよ。僕はかなり無理してはいるんですけど、友達っぽく接してくれる人が増えてきたんです。違う町で再会したら素直に嬉しかったんです。~ちゃんたちと合流してからも、最初は違和感あったんですけど、めっちゃ最高な時間を過ごせたんです。(ダイスケ君そんなキャラだったっけ?ってめっちゃ言われた笑)

 

やっぱりこの小さな達成感もちょくちょくあったからでしょうか? 数ヶ月続けていると、だんだんと無理してる自分?作ってる自分?に慣れてくるんです。脇汗が減ってくるんですよ。もちろん、沈黙を恐れて謎な質問して爆弾踏んでしまったりとか、次に聞くこと考えすぎて話を聞いてなくて、それ今話してたよとか変な空気になる事もたくさんあるんですけど、ちょっと慣れてくるんです。

 

もしかしたら、人見知り良くなってきてる? このまま続けたらいつか治るかも???

 

そんな頃です。コロンビアにいた時。

ありがたい事に「学校を一緒に盛り上げてくれない?」と、クロスロードのスタッフになるお誘いをいただきました。ただマイペースに世界をふらふらしているだけの僕たちには大変恐縮なお話でしたが、大好きな場所でもあったクロスロードへのお誘いは、シンプルにとても嬉しかったです。

クロスロード

僕たちの選択肢は2つでした。アフリカかクロスロードか。詳しい話はまた後日できればと思いますが、話し合いの末、僕たちはクロスロードを選び、2015年11月1日から、夫婦でクロスロードスタッフになりました。

 

お揃いのTシャツを拒否る妻

生徒、先生、ハウスキーパーさん、スタッフが仲の良いクロスロードの環境は、人見知り治療中にはなかなかキツかったです。当時、生徒さんが30名以上、先生が約25名、ハウスキーパーさんが6名ほどいて、その全員に「新しいマネジャー」として紹介されるわけです。

 

僕は不器用なので、相変わらず無理してタメ口作戦を実行し、妻はお仕事は器用にこなしながらも、立場を気にする事で関係づくりがうまくいかず毎晩泣いていました。

 

妻はさすがで、2~3ヶ月ほど経った頃にはお仕事にも慣れ、人間関係も最初泣いていたのが信じられないほど上手くいくようになりました。

 

人前で話すのが得意

僕は変わらずでしたが、少し限界を感じ始めていました。でも、クロスロードでスタッフとして学校を盛り上げていくためには、もう一段レベルアップしたいと思い、藁にもすがる思いで目標を紙に書き出しました。

 

読んだ本に書いてあったんです。

目標は紙に書けば叶う。それを寝る前と朝起きてすぐ毎日見返せば早く叶う。それを携帯すればもっと早く叶う。

 

「人前で話すのが得意」

 

僕が書いた目標です。他にもいくつか書いたのですが、これを毎朝、毎晩見て、書いてある紙をできる限り携帯していました。とにかく本気で人見知りを克服しようと思っていたんです。

 

これは、ちょっとした裏エピソードなんですが、クロスロードの生徒さんと飲んだりする時も、僕はちょっと頑張って話したりとかしてたわけです。そんな時に、妻がポロっと言うんですよ。

 

「ダイスケって本当はめっちゃ人見知りなんだけどね。」

 

この後はもうブチ切れてました。

 

「人が真剣に人見知り直そうとして隠しながら頑張ってんのに本当は人見知りとかバラすなよ!人見知りは翌日がめっちゃ大変なんだよ!!」

 

いやぁ、これ今思えば妻は別に悪くないんですけどね、話の流れじゃないですか。でも、人見知りにとって、これやられたらもう地獄でしかないんですよ。なので妻を脅迫しましたよね。

 

「今後、俺が人見知りってこと絶対にバラすんじゃねぇぞ」

 

1年後。

クロスロードのスタッフになって1年後くらいかな、そんな事を続けていくうちに、気がついたら素直に「人見知りじゃない」と思えるようになりました。まぁ、根が人見知りなんでね、完璧っていうわけにはいかないです。今でも人見知りする事はありますし、鋭い人には見抜かれます。でも、自分なりにかなり成長できたというか、人見知りを克服できたと思っているので、とても生きやすくなりました。友達がめちゃくちゃ増えました。また会いたいと思う人ばかりです。まだまだたくさんの人と出会って、繋がっていきたいです。

 

地獄だったはずの大人数で一番前に座る元人見知りのおじさん

 

こう思えているだけで僕は人見知りを克服できたと思っているのですが、いいですよね???

 

友達になりましょう。

もしこれを読んでくれている方で、人見知りで苦労している方がいたら、ぜひ繋がりましょう。人見知り克服はマジで大変ですが、どうやら無理ゲーでもなさそうです。僕、絶対に応援するんで、絶対に嫌いにならないんで、一緒にチャレンジしてみません?

 

 

いつでもご連絡お待ちしています。

では、また。

 

 

ダイスケ(@hiratarahirata)

この記事をかいた人

ダイスケ

クロスロードのなんでもおじさん。クロスロード愛が強すぎてボランティアスタッフとして居座っている。 書道家という一面も持ち、世界の路上で2万人を超える人たちに日本語でお名前を書き、プレゼントしてきた。好きな言葉は迷ったらGO。