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「子連れで肩身が狭い」が消えた日|セブ島移住14年の母の話

電車の中で2歳の子どもが叫んでしまった。周りの目が痛かった。おばあさんに「どんなしつけをしているのか」と言われて、ひどく落ち込んだ。その時の自分は、できていない子どもを公共の場に連れている自分が悪い、母親として失格だと感じていました。でも今、その考え方はセブ島での生活を通じて大きく変わりました。

日本で感じていた「片身の狭さ」の正体

当時の自分は、子どもが大人のルールに合わせられないことが恥ずかしかった。レストランで走り回れば、周りの目を気にして必死に静かくさせようとした。でも心の中では、きちんとしつけられない自分が悪いという思いが常にありました。同じくらい小さくても、TPOに合わせて静かにしていられる子どもがいるじゃないか。その子たちができているのに、うちの子はできていない。その差が、自分の人格否定のように感じられたんです。

そういう時期には、外に出たくなくなっていきました。子どもがうるさくしたり、ちょろちょろしたりするのが気になって、必要以上に関わらないように育てていた時期もあります。本当は子どもらしく元気であることを、無意識のうちに抑え込んでいたんですね。

セブ島で出会った「違う空気感」

セブ島で親子留学を始めてから、子育ての考え方が変わる出来事がありました。ホテルのビュッフェで朝食を食べていた時、子どもが食べ物をこぼしてしまった。その時、スタッフさんが「いいんだよ。それが子どもなのよ。私たちがそのためにいるんだから」と言ってくれたんです。その言葉に涙が出るほど嬉しかった。その時初めて気づきました——フィリピンには、子どもは子どもらしくいていいという空気がベースとして流れている。

日本でも優しく対応してくれる人もいます。だからこそ日本の空気が絶対ダメだというわけではない。でも感じる「基調」が違うんです。セブでは「子どもだから当然」という前提がある。その前提の違いが、自分の子育ての心構えを大きく変えました。

子どもの成長を信じることで変わった子育て

セブにいながら、ユウマが少しずつ成長していく様子を見守りました。時間が経つにつれて、子どもは自然とTPOというものを理解するようになったんです。その体験が、自分の中に一つの確信をもたらしました。子どもができない時期に神々言いながら過ごすのではなく、「今はできない子どもだからね。でも大丈夫。いつかできるようになる」という考え方で育てたい。

そう思えるようになると、本当に肩の力が抜けました。子どもが完璧であることを求めるのではなく、子どもがそのプロセスを歩んでいることを信じられるようになったんです。

クロスロードで実現している「子どもらしさの肯定」

親子留学のためのコース「クロスロード」を運営する際も、この思いを大切にしています。前提として、子どもが子どもらしくいられる場所でありたい。危ないことには注意しますが、神々言うのではなく「できたらいいよね」「できたね」という声かけをしています。

クロスロードの中では、子どもたちが走り回ったり、プールで飛び込んだりしています。でもその状態を「ダメだ」と抑え込む空気は一切ない。周りのお母さんたちも同じように、子どもの素敵さを認める声かけをしてくれる環境になっています。子どもらしくいることを否定しない——それは本当に大切にしていることです。

環境を変えることで見えてくる「親の責任」の幻想

日本に帰った時、子どもが「この場面ではそれはないでしょ」という行動をすることもあります。もちろん注意しますし、ダメなことはダメだと伝えます。でも、その時の自分たちは、それを子どもの人格否定とは受け取りません。「ここは日本だからね。セブじゃないからね」とちょっとふざけながら伝えるだけ。できなかったとしても、すぐに怒る必要はない。「そういう時もあるね。それでいい」って終わる。

ここが前と大きく違う。自分を攻めることがなくなった。そしてそれは、環境が変わると、考え方のベースそのものが変わるという体験から来ています。セブだからそう考えられるのであって、別の場所にいれば別の考え方もあり得る。そう気づくことで、「ここの常識が唯一の正解」という呪縛から解放されるんです。

「迷惑をかけるのではないか」という親の不安の根源

子どもが他の子に、他の家族に迷惑をかけるのではないかと心配する親は多いです。でも本当にそれは、その子自身の問題なのか——。そうではなく、世間という周りの空気が産んだ思い込みかもしれない。親がしつけられていないからではなく、社会全体の価値観が「子どもは制御されるべき存在」として設計されているだけかもしれない。

環境を変えてみると、その空気の重さから解放される。子どもも親も、もっと自由に、そして子どもらしく在ることが許される場所がある。それを一度でも知ると、自分が追い詰められそうになった時に、「これが絶対ではないんだ」と立ち返ることができます。

今、子育ての中でしんどさを感じているなら、その苦しさは子どもの問題ではなく、周りの空気が創り出したものなのかもしれません。環境を変えると、その空気も変わる。そして、その変化を通じて、自分が子どもに対して何を許していなかったのか、何を要求していたのかが見えてくるのです。

あなたが今、自分に課している「母親」「父親」というイメージは、本当に自分が望むものでしょうか。それとも、周りの空気が植え付けたものでしょうか。その問いを自分に投げかけながら、子育てをしていけたら——そう思います。

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