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慶應卒会計士が”いい会社”を辞めて、セブで学校を建てた理由|”安定”の正体

公認会計士として監査法人系のコンサルティングファームで8年間、IPOや事業再生といった仕事に携わってきました。当時、私は資格と安定した職業が人生の保障だと信じていました。しかし、ライブドアショックを経験し、数々の経営危機に直面するうちに、その確信は揺らぎはじめます。会社がどんなに大きくても、社会情勢が変われば一瞬で仕事は消える。その現実を目の当たりにしたとき、私たちが本当に身につけるべき「安定」とは何かを問い直すようになったのです。
構造的な問題に立ち向かえない現実

コンサルティングファームでの経験は、私に多くの気づきをもたらしました。まずIPO部門では、ライブドアショックによって株式市場が一気に冷え込み、せっかく進めていた案件がすべて消えました。部署自体の存在意義が失われ、やることがなくなってしまったのです。
その後、事業再生の部門に異動しましたが、ここで見たのはどうしようもない構造的な問題でした。北海道の木材関連企業では住宅着工件数の減少に歯が立たず、東北のある超大手企業では少子化によって子供の数がどんどん減っていく。こうした社会全体の流れに対して、個々の企業や部署がコントロールできることはほぼ何もない。そのことを何度も目にするうちに、「安定した会社に勤めること」が本当に安定なのか、という疑問が深まっていきました。
世界一周で価値観が一変した

転機は、仕事を辞めて世界一周の旅に出たときです。大学時代からの夢だった旅でしたが、結婚して子どもを持つようになると、その機会はどんどん遠ざかっていました。しかし、コンサルティングの仕事で感じた違和感が積もり積もって、「今行かないと、もう行くタイミングがない」という強い思いが生まれました。
妻も当初は疑問を感じていました。「誰かが決めたレール の上を歩んできた」という人生が、旅によって一変したのです。女性は学校に行って就職して子どもを産んでパートに出る——そうした一般常識だけが人生だと思っていたのが、旅を通じて「こうやってもいいんだ、こういう生き方もできるんだ」という気づきを得ました。好きな場所で好きな人と好きなことをやっていく自由は、私たちに確かにあったのです。
セブ島で学校を立ち上げ、子育てを通じて気づいたこと

旅から帰国後、私たちが選んだのは、日本の企業に戻ることではなく、セブ島で会話スクールを立ち上げることでした。最初は旅人やワーキングホリデーの人々が集まる学校でしたが、コロナによって学校を閉めざるを得なくなり、3年間日本に戻ることになります。
しかし、その間も人生は止まりませんでした。学校のオンライン化を進めながら、筋トレなどの自己投資に励みました。そして3年後にセブに戻ったとき、私たちは子どもたちを育てている親になっていました。そこで新しいコンセプトが生まれます。親子留学に特化した会話スクールへの転換です。
これまでのキャリアの中で、ライブドアショック、リーマンショック、そしてコロナウイルス——予測不可能な危機を何度も経験してきました。その先にはAIの出現があり、今の子どもたちはさらに想像もできない世界を生きていかなければなりません。
本当の安定とは「どこでも生きていける力」

こうした経験を通じて、私が確信するようになったのは、本当の安定とは場所や時代が変わってもどこでも生きていける力を持つこと、そしてそれを家族とも共有することです。会社の肩書きや資格は、社会情勢が変われば一瞬で価値を失うかもしれません。しかし、自分自身の判断力、適応力、そして学び続ける姿勢があれば、どんな環境でも生き残ることができます。
息子は起業家志望です。そのため、企業家教育も始めています。親として願うのは、子どもが時代や場所がどう変わっても、幸せに自信を持って生きていけるようになることです。そしてそのためには、安定した職業や場所ではなく、自分自身の中に生きる力を持つことが何より重要なのです。
一つの選択肢として、一つの問いかけとして

私たちのキャリアが唯一の正解だとは思いません。人それぞれ、自分たちにとって本当の安定が何かは異なるはずです。ただ、私たちの歩んできた道を知ることで、「こういう生き方もあるのか」「こういう人もいるのか」と気づいていただければ幸いです。
あなたにとって、本当の安定とは何でしょうか?そして、生きる力とは何でしょうか?その問いに答えることから、自分たちの人生を主体的に選び直すことが始まるのではないでしょうか。



