2019.05.26

伝説の旅日記「おもしろそうだからやってみよ。」21st Try 〜 24th Try

【伝説の旅日記を公開】

若かりし頃にアジア1人旅をしたダイスケは、旅の後、『そうだ、旅の経験を文章にして、たくさんの人に読んでもらおう』と思い立つ。時代を読むセンスがあればブログを書いていたと思うのだが、スーパーアナログ人間ダイスケは、『そうだ、電車の中で読んでもらおう♫』と、書いた旅日記を印刷し、駅で配るという行動に出る。『アジア1人旅、旅日記を書いています。よろしければ読んでみてください!!』と駅前で声を張り上げ、4年という期間(旅は1年ちょっとなのに)をかけ、意地で書ききった当時の自分を、僕は今、、、あまり思い出したくない(笑)

【 過去記事はこちら 】

1st Try 〜 4th Try

5th Try 〜 8th Try

9th Try 〜 12th Try

13rd Try 〜 16th Try

17th Try 〜 20th Try

 

21st Try

まずはじめに、前回ジョン・レノンと書いたのは、クラプトンの間違いでした。 失礼しました。

 

あ~恥ずかし、、、    

 

気を取り直して、、、

 

 

ラオス(って国)に来て知り合い、行動を共にしていたT氏さんと4000アイランドと呼ばれる地上の楽園チックなところへ来た。

メインの島のひとつ、コーン島を満喫し、もう一つのメインの島であるデッド島にやってきた。

そこで健さんと出会い、3人で飲みに、、、

 

まだまだ序盤のビール2本目の時、トイレに行った。

階段3段のぼってトイレ。

ドアを開けたまま用を足してたらめまいが、、、

 

目を開けたら国際色豊かな人達の、心配そうなお顔が円を描いていた。

 

 

T氏さん:「大丈夫? 大ちゃん? わかる?」

 

大ちゃん:「は? 何? 意味わかんないっす。」

 

T氏さん:「大ちゃん倒れて頭打ったんだよ。」 

 

大ちゃん: 「え? なんで、、、 頭? 

       、、、痛ってーーーーーー!!!

 

 

倒れた事がわかったら急に後頭部に激痛。

どうやら、トイレに行って用を足している途中、めまいがして、真後ろに倒れてしまったらしい。

その時に頭を打って、白目で変顔みたいな。

 

みんなびっくりして集まってきたって流れかな、たぶん。

 

サプライズ大成功!!  

って馬鹿~~~~

 

 

いやしかし、おしっこしながら真後ろに倒れたってことは、、、

 

 

放物線な感じ?

 

 

地面に倒れてた時は、、、

 

 

 

「ピョコ」って出てたのかな?

 

 

だって俺、、、絶対チャック閉めてないし、、、

 

 

そのことについて、

T氏さんも健さんも何も言わないんだよね。

 

 

 

だいじょうぶ、、、

きっと倒れた拍子にシュルッて in したんだ、、、

 

 

まぁ、それはいいとして、、、

頭激痛な上に、首から胸元にかけて風があたるだけで超激痛。

身体を動かしたり、触られたりする度に叫んでた。

 

痛てぁぁぁぁああああああああ!!!

 

 

やべ、、、

神経いっちゃってるかも、、、

 

 

マジで思った。

 

 

 

この時俺がいたデッド島。 

まじド田舎なんだ。

電気は発電機だし、風呂は雨水だし、、、

 

病院なんかあるわけないの。  

やばいじゃん。

 

 

この時自分はひたすら痛がってたからさ、こっからはあとでT氏さんに聞いた話だけど、すぐ近くのコーン島に診療所みたいな所があったらしくて、いろんな人が協力してくれてボートで連れて行ってくれたんだって。

 

そしたら、先生が「ここでは治療できない」ってなったらしくて、、、        

超やばいじゃん。

 

みんな「どうしよう」ってなってさ、困ってたらさ、ほんとたまたまタイ在住の欧米人さんが車で通りかかってくれて、乗っけていってくれたんだって。

 

だけどさ、島じゃん!? 

夜じゃん!?

本島と行き来するフェリー終わってんだ

 

 

、、、ハイパーやばいじゃん。

 

 

 

ここは、痛がりながらも覚えてるんだけど、まじ感動だよ!!

 

T氏さん、健さん、車の欧米人さん、、、

 

対岸に向かってひたすら叫び続けてくれたんだ。

 

 

 

まじ普通声が届く距離じゃねぇから。

届いたとしてもそんな時間に川沿いに人いねぇから。

 

だけどさ、俺まじ超幸運。

助けてくれた全ての人にマジ感謝!!

 

 

気づいてくれたんだ。

 

 

営業時間外なのに、、、

来てくれたんだ。

 

 

 

やばいっしょ?

まじ思い出すだけで泣けてくっから。

 

超小っこい俺をさー、

自分の事だけ考えるのが精一杯なダッサイ俺をさー、

チャック開いたまんまの俺をさー、

 

めっちゃくちゃいろんな人たちがさー、

120%のパワー出して救ってくれたんだ。

 

 

まじ全員だいすけ平和賞だから!!

 

 

 

この後結局パークセー(南部の主要都市。)の病院まで、8時間位かけて連れて行ってもらったんだ。

 

 

痛みで叫び続けてるめんどくせぇ俺を、T氏さんと健さんと車の欧米人さんは、何時間もずっと励ましてくれたわけ。

 

俺ってホント幸せもんだと思う。 

 

、、、ほんと

 

、、、ほんと

 

、、、ほんと?

 

 

 

だってさ~、救急って感じで運ばれたんだけどさー、、、

お医者さんたちみんな超笑ってんだ。

 

 

「外人キターーーーーーー」みたいな感じで

 

 

頭、、、麻酔なしで縫う

 

フューチャリング笑い声。

 

 

俺は叫び声。

 

 

いろんな人の協力で連れてきてもらった病院。

 

超感謝!!

 

でも、、、

 

 

 

俺助かるのかな?

 

 

 

 

22nd Try

ラオスの南の島で倒れた俺。

打った後頭部と首から胸にかけてのありえないほどの激痛。

でも、超いろんな人たちが助けてくれ、8時間くらいかけてパークセー(って街)の病院まで連れて行ってくれた。

 

 

救急みたいな感じで運ばれた治療室。

緊張感溢れる治療室の空気が、、、

 

 緩んだ。

 

 

「ちょっ、みてみて。 外人キターーーーーーー!!

  なに人? なに人? マジ超ウケるんですけど~」

 

みたいな。

 

 

 

治療が始まり、更に恐るべきことが、、、

 

後頭部を麻酔無しで縫い始めた  

 

、、、笑い声と共に

 

 

「え~、キモい~。 縫っちゃう系? 

 つ~かなんか、、、訳わかんねぇ言葉で痛がってんだけど~笑笑笑」

 

 

実際そうやって言ってるわけじゃねぇだろうけど、マジでそんな感じに聞こえてくる。

 

「痛!? んぐぁ、痛っててて、  あああ~」

 

「うっぷぷぷ、こいつ超大げさなんだけど~~~、うるせっつ~の~笑笑笑」

 

 

こえ~よ~

 

 

レントゲンに関しては、お医者さん達は撮ろうとしないで、T氏さんが粘ってくれてやっと撮ってもらった。

 

 

 

大丈夫か? この病院、、、

 

 

 

病室は4人部屋。

個室を選ぶこともできたんだけど、いくらかかるかわかんないし、、、

保険には入ってたけど、キャッシュレス(その場でお金払わなくていい)のやつじゃなかったからさ~、足りなくなったらやばいと思って、、、

 

 

車で運んできてくれた欧米人さんは御礼を言う間もなく帰っちゃって、T氏さんと健さんは島に荷物を取りに戻ってくれた。

 

 

自分は後頭部の痛みはともかく、首から胸にかけての激痛に一睡もできなかった。

 

風があたるだけで声が出るほどの痛み。

それで(声で)身体が動いて更に痛い、、、

 

マジで1分が超長かった。

 

 

次の日の夕方、T氏さんと健さんが荷物を持って来てくれた。

彼らの旅行を中断させてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、なによりめっちゃ嬉しかった。

 

 

健さんは忙しい仕事の合間の、貴重な休みで来ていたせっかくの旅行を中断、T氏さんは楽しみにしていて、やっと行くことができた島をあきらめて、この後もずっと一緒にいてくれた。

 

 

ホントごめん。でも、、、

 

仲間ってマジ PEACE だわ。

 

 

 

 

 

病院の中でもいろんな事があった。

マジでラオスの病院ファンキーすぎる。

 

 

だってメシでないんだ、、、

 

しょうがねぇから病院の外の飯屋に気合で行ってた。

 

 

ゼスチャーでメシ食いてぇって看護婦さんに言ったら、

 

飯屋の 場所 教えられたから、、、

 

 

え!? 自分で行くの?

 

 

 

 

感動的な話では、自分が一番辛かったときのこと、身体は痛くて何もできねぇーし、辛いことを伝えようにも言葉がわからねぇし、、、って時、

 

向かいのベッドで入院してたおっちゃんの娘さんが、

自分のところに来てくれて、片言の英語で

 

「大丈夫? なんか食べた方がいいよ。 これ食べて。」

 

みたいなことを言って、軽食とバナナを置いていってくれた。

 

 

ありがたいとは思いながらも、あまりの痛みに食べることができないでいると、また自分のそばに来てくれた。

 

そしたら、彼女は普通の話を始めた。

 

ラオスはどこに行ったの? とか

食べ物何が好き? とか

私は英語の学校に行ってるんだ~ とか、

 

 

彼女が一生懸命英語で話してくれたおかげで、寂しさがやわらいで、痛みも少しだけどマシになったんだ。

おかげで、やっと食べ物を食べることができた。

 

 

マジ言葉通じないからさー、英語だったけど超安心できたんだよ。

 

 

それだけじゃない。

彼女は痛がる自分の身体を、やさしく、めっちゃ時間をかけて、顔から足の指まで拭いてくれた。

その上、なんかのクリームをつけてマッサージまでしてくれた。

触られるだけで激痛のはずが、すごく気持ちよかった。

 

 

この後、久しぶりに眠ることができたんだ。

 

 

その子に会えたのはそれが最後だったから、もう一度会えることができるなら心から言いたいね。

 

 

「好きです!!」じゃねぇや、、、

 

 

 

「マジありがとう  コプチャイ レライ!!」

 

 

 

この病院には4日間入院していた。

だけど、退院することにしたんだ。

 

だってさー、4日間、、、4日間だよ?

 

 

医者来ねぇんだもん

 

 

完璧放置プレイ。 

退院っつーか脱出!?

 

 

ありえなくね?

 

 

怪我の場所も場所だし、神経いっちゃってる気もしなくもないし、病院意味ないし、、、

 

 

なんか中途半端で悔しいけど、、、

 

 

 

 

帰ろ。

 

 

 

 

23rd Try

旅行に出てから約2ヶ月。

ラオスの島で倒れて頭を打ち、パークセーという街の病院に運び込まれた。

 

頭を縫ったあと、4日間入院してたんだけど、、、医者来ねぇ。

消毒すら来てくれない病院にいつまでもいてもしょうがないと思って、、、

 

 

帰るべ、JAPAN

 

 

4日目にして初めましてのお医者さん。

やっと来てくれた、、、って訳じゃなくて、廊下を歩いてるのを捕まえた。

 

でも、英語が喋れないからってことで、喋れる人を連れてくるって事になった。

 

 

とってもめんどくさそうに、、、。

 

 

しばらくして、女性の先生が来て、T氏さんが通訳代わりに英語で事情を説明してくれた。

 

 

すると、彼女は自分に、

 

「 アldfvバs、mxcンうqvfdvmcvばえlヴぁぇx 」

 

 

え~!? 

今まで英語で喋ってたじゃんか、、、なんでラオス語?

 

 

「ラオス人かと思った、笑 」 だって。

 

顔がそれっぽいのは認めるけど、、、じゃぁ、通訳いらねぇじゃん。。。

 

 

無事(じゃないよ、全然)退院し、T氏さんと、日本に帰るために首都ビエンチャンに向かった。

そこで、T氏さんの知り合いで、現地在住の日本人の方に、旅行会社を紹介してもらい、日本行きのチケットをGET。

 

この頃には、激痛だった首から胸にかけての原因不明の痛みも大分良くなって、これならまだいけるな~なんて言いながら、帰る理由ができたことにホッとしてた。

 

 

仲間には「最低半年は行ってくるかな」なんて言っちゃってたからさー、2ヶ月で帰るとかちょっと恥ずかしいじゃん(笑)

 

 

超世話になったT氏さんと別れ、2ヶ月ぶりの日本に向けて飛び立った。

直行便は無かったから、ベトナムのハノイで乗り換えだった。

 

 

次の飛行機まで時間があったからさ、喫煙所でタバコ吸ってたんだ。

なんでだか忘れたけど、隣にいた日本人の女の人と喋ったんだ。

 

女の人 

「へぇ~、2ヶ月も行ってたんだ~、すごぉ~い。

なんかいろいろ経験してそうだもんね~、どうだった?」

 

「そうっすか? まぁ、ちょ~最高でした。

行って速攻で詐欺にあって、、、 頭打って帰ってきました。

 

 

やばい、俺、、、格好悪すぎる、、、

 

 

 

日本行きの飛行機に乗り込んで数時間、、、

 

「当機はまもなく成田空港に着陸致します」

ついに帰ってきた、、、2ヶ月ぶりの日本か。

 

久しぶりだな、、、みんな元気にしてるかな。

俺が変わったように、日本も俺がいない間に大分変わってんだろうな~、楽しみだぜ。

 

 

なんも変わってねぇ~よ!? たかが2ヶ月だろ~が!!

 

夏の中旬に行って、夏の終わりに帰ってきたって感じ。

ただの夏休みじゃん(笑)

 

でかい事言ってたのに、、、

 

 

『久しぶりの日本。 帰って一番最初にしたいことって何?』

 

旅行者の中ではこんな会話になることが少なくない。

旅行中俺はなんて答えてたんだろう?

 

焼肉食いたいとか、 仲間と飲みに行きたいとか、

貴重品のこと気にしないで裸でゆっくり寝たいとか、、、

 

 

現実が 病院に行きたい だとは夢にも思わなかった。

 

やっぱ実際超不安だったからさ、病院に直行したわけ。

全部検査して、縫った頭も診てもらった。

消毒もしてなかったからね。

 

その結果、、、

 

 

 

 

 

ぜんっぜん軽傷。

 

首から胸にかけての痛みは、軽いムチ打ちだろうって事だった。

マジでホッとした。

 

 

でもラオスの病院マジやってくれるぜ。

日本のお医者さんもビックリ&苦笑い。頭縫ったところが、、、

 

 

傷の上に髪の毛。 

髪の毛の上にガーゼ。

ご丁寧にもこの3層をいっぺんに縫ってくれてた。

 

 

逆に難しそうだべ?

 

お医者さん

 

「 、、、。 

病院で縫ったんだ、、、よね? 

よくバイキン入らなかったなぁ~」

 

 

へっへっへ。

驚かしてやったぜ。

 

そりゃぁ驚くよな、、、

 

 

 

傷口がティラミスになってるんだもんなぁ~

 

 

 

波乱に始まり、波乱に終わった俺の初めての一人旅。

マジいろいろあったな~。

 

たかだか2ヶ月旅行しただけで、人間そんな変わりやしないと思う。

でもさ、確実に変わったところがあった。

劇的に変わったんだ。

 

 

日本を出たとき、俺は一人で何ができるかって事を求めてた。

でも帰ってきたときは180度変わってた。

 

「俺一人じゃなんもできねぇじゃん。

だからさー、みんなさー、少しと言わず、じゃんじゃん力貸して。

 

その代わりさ、俺も全力で協力すっから。

 

もうみんなでさー、、、助け合っちゃおうよ!! 」

 

 

 

自分が人に何をしてあげられんのか、なんてマジ全然わかんねぇけどさ、こんな考え方も悪くないっしょ?

 

 

 

さてさて、これで1回目の旅行記は終わりますが、本番はこっからですよ。

この1回目の旅行のリベンジ。

目標はトラブルが原因での帰国をしないこと(笑)

まだまだ続きますんで、どうぞ今後ともよろしくお願い致します。

 

 

Funky Funny is Fantastic !!

 

 

とぅ~び~こんてぃにゅ~

 

 

 

24th Try

 

1回目の旅行記が終わり、今は2回目の旅行記の準備をだらだらとやっています。

 

2回目の旅行記のスタートを、切りの良い25からにしたいっつーだけの理由で、無理やり24th Try を書いてみます。

 

 

 

 

帰国して数ヶ月。 半年くらいは経ってたかな?

 

海外旅行保険に申請していたお金が返ってきた。

 

頭を打って怪我をした時のお金。

 

診断書やレシートなど、提出した書類は完璧のはず。

 

なんでそんなに時間がかかったのか、、、

 

 

保険会社の人、、、

 

 

 

 

 

ラオス語が読めなかったらしい(笑)

 

確認とるのが大変だったみたい。

 

確かにあれは読めねぇわ。

 

 

 

 

返ってきたお金は約5万円。

 

内訳

 

帰りの飛行機代、、、約40,000円

 

宿泊費、移動費など、、、5~6,000円

 

治療費、入院費、、、おつり

 

 

 

そうだ、、、ほとんど治療されてねぇや。

 

 

まぁ、病院に行ったおかげでさ、帰りの飛行機代とかも出たし、、、

 

飲みに行って話題に困ることは無いし、、、

 

おかげで今文章書けてるしな、、、結果オーライ

 

いや、結果ドンマイだな

 

 

 

 

 

 

約2ヶ月のこの旅行。

 

使ったお金、、、約45万円。

 

 

内訳

 

旅行費(全部込)、、、約10万円

 

詐欺、、、

 

約35万円

 

 

 

 

 

結果ドンマイだな。

 

 

第1部・完  第2部につづく

 

 

だいすけ

 

この記事をかいた人

ダイスケ

クロスロードのなんでもおじさん。クロスロード愛が強すぎてボランティアスタッフとして居座っている。 書道家という一面も持ち、世界の路上で2万人を超える人たちに日本語でお名前を書き、プレゼントしてきた。好きな言葉は迷ったらGO。