2019.05.09NEW

イスラエル誕生秘話~こうしてユダヤ人は国土を持たない民となった~

こんにちは!元世界史教師のまえてぃーです。

今回のブログではとある国をご紹介したいと思います。

 

“イスラエル”

という国はご存知でしょうか?

 

イスラエルとは中東にある国の1つで、北をシリア、南をエジプト、そして東にはヨルダンとの国境を持っている国です。

 

そしてこのイスラエル。

 

全世界で唯一と言っていいほど面白い場所でもあるんです。

 

それつまり。

 

『宗教の聖地』

 

実はこのイスラエルは、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教、この3つの宗教が聖地としている街。

 

“エルサレム”がある国なんです。

 

そんな魅惑の地、「イスラエルはこうして誕生した」っていう歴史を今回はご紹介します。

 

 

イスラエルを建国したのはユダヤ人

“ユダヤ人”。

敬虔なユダヤ教徒は頭にキッパをのせている。

 

ユダヤ人とは、中東に存在しているイスラエルを建国した人たちであり、主にユダヤ教を信仰する人たちです。

興味深いのが、イスラエルの建国は、“1948年”!!けっこう最近なんです。

 

「ん??それまでユダヤ人はどこに住んでたの??」

 

まえてぃーは先生をやっていた頃、とても疑問に思っていました。

 

お察しの通り、1948年に突然ユダヤ人が登場したわけじゃありません。

すると見つけました。

ユダヤ人はもともとどこに住んでいて、どのようにしてイスラエルを建国するに至ったのか。そして同時に、とても心が動かされる歴史をもっていたということを。。。

ユダヤ人、国土を失う

もともとユダヤ人は、現在イスラエルが存在している「パレスチナ地方」と呼ばれる地域に住んでいました。

 

いつかって?


紀元前66年。
今から約2000年ほど前です!!

だいぶ前です。。。


しかし、当時イケイケだったローマ帝国に攻められ、対抗むなしく敗北。
『生き残った人々が土地を追われ、世界中に広がり、国土を持たない流浪の民となりました。』

ユダヤ人、故郷に憧れる

時はたち1917年。

ユダヤ人たちが生活していたパレスチナ地方に住んでいたのは、“アラブ人(パレスチナ人)”
そしてそこはオスマントルコの統治下にありました。

 

そして当時またイケイケだったイギリスとオスマントルコは戦争中でした。

 

 

 

その時、戦争に勝ちたいイギリスは、かつてこの地に暮らしていたユダヤ人に目を付けます。
なぜなら世界に散らばったユダヤ人たちは苦労と努力を重ね、異国で生きてきました。

そして経済界、金融界などで成功し(主にアメリカ)、多くの富を所有していました。
ので、協力してほしかったのです。

 

イギリスはユダヤ人たちに協力を要請します。もちろん見返り付きで。

そしてその話にユダヤ人は歓喜します。

「ずっと居場所がなかった。

ずっと疎外感を感じていた。

やっと自分たちのアイデンティティーを取り戻せる。

無念のまま死んでいった祖先たちに大きな成果をプレゼントできる。」と。

これが有名なイギリスの三枚舌外交

イギリスはユダヤ人に、協力の見返りとして、「オスマン帝国に勝利したら、このパレスチナにユダヤ人の国を建国していいよ」と言いました。

これを“バルフォア宣言”と言います。

 

しかし一方、パレスチナに住んでいるアラブ人にも同じようなことを言います。
「オスマン帝国に勝ったら独立していいよ」と。これを“フサイン・マクマホン協定”と言います。

 

さらにさらに、フランスとロシアには「オスマン帝国に勝った後、どうこの三国でその領土を分けるか決めておこう」、と決めていたのです!これを“サイクス・ピコ協定”と言います。


戦争に勝つためにパレスチナ・ユダヤ・ロシア&フランスに、都合のいいように約束をしてしまったのです。

 

これがイギリスの有名な3枚舌外交です。

そしてイギリスは戦争に勝利しました。
さぁここからもめていきます。

どうなる、俺たちの国!?

世界でバラバラユダヤ人
「約束通りユダヤ人の国をパレスチナに作ってよね!!」

パレスチナ在住アラブ人
「約束通りパレスチナとして独立させてよね!」

 

困ったイギリスは『国連』に調停役を頼みます。


そして国連の出した結論は。。。


パレスチナを「分割統治」することでした。

 

つまり、その土地をユダヤ人とアラブ人(パレスチナ人)とで分けて国を統治しましょうねってことです。

私たち、納得できませんけど

1947年、イギリスはパレスチナより撤退。
これにより(もっと前から)、パレスチナ内にユダヤ人が大量に移動。
第二次世界大戦中のドイツによるユダヤ人迫害も相まって、世論もユダヤ人に国を!という流れができていました。


しかし、長年ここに住んでいたアラブ人(パレスチナ人)としては納得がいきません。
そして、周辺のアラブ人も納得いきません。

 

納得のいかない大きな理由の1つが“宗教”です。

ユダヤ人は“ユダヤ教”
アラブ人は“イスラム教”
イスラム教国家が集まるこの中に、突然ユダヤ教国家が入ってきたもんだからもめたのです。


そして、戦争(第一・二・三中東戦争)に突入します。


一見、数の多いアラブ諸国が勝ちそうですが、ここでまさかのイスラエルが勝利。


パレスチナに住んでいたアラブ人は国を追われ、大量の難民が生まれました。
これが『パレスチナ難民』です。

 

ユダヤ人からしたら「やっと(2000年ぶり)俺たちの国を取り戻したぞ!」
アラブ人からしたら「なんで俺たちが追い出されなきゃダメなんだ!」

その後もお互いが「ここは俺たちの国!!」となっているので、解決が非常に難しいのです。

 

いかがでしたか?

国家間の問題、民族間の問題、宗教間の問題、世界にはいろんな“間”をもった問題があります。

イスラエル問題のニュース目にする時があるでしょう。

テレビやネットのニュースでその断片だけを見ると、「なんでもめてるの?」と疑問に思うことも、「歴史」を見るとその奥の深さに気づくことができ、ニュースに“熱”を感じることができます。

 

様々な大陸に渡ったユダヤ人。
様々な人種・文化・宗教さえもごちゃまぜに融合しながら生きてきたからこそ、白人も黒人も黄色人種もイスラエル人として生活しています。多くがユダヤ教徒ですが、キリスト教・イスラム教の人たちもイスラエル人として生活しています。

 

そして、日本人である私たちは、イスラエルにもパレスチナ自治区にも行くことができます。

ぜひ歴史的にも文化的にも興味がそそられるこの場所に、行ってみてくださいね!

 

イスラム教の聖地「岩のドーム」

 

キリスト教の聖地「聖墳墓教会」

ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」

 

さぁ行こう!ロマンの聖地へ!!

この記事をかいた人

まえてぃー

元高校世界史教師のまえてぃー(由来 : 前川teacherの略)。 TOEIC330点でも恐れることなくアジア→中東→ヨーロッパ→アフリカを教科書片手に周遊し、世界の歴史をたどる歴旅中。 現在50カ国の旅を完了。イランに恋する中、ここクロスロードにたどり着きましたε-(´∀`; )